北鹿又村(読み)きたかのまたむら

日本歴史地名大系 「北鹿又村」の解説

北鹿又村
きたかのまたむら

[現在地名]船引町北鹿又

石森(いしもり)村の北東、移(うつし)ヶ岳の南西麓丘陵に立地。西境を相馬へ至る道が通る。中世は田村庄のうち。応永一一年(一四〇四)頃と推定される田村一族を中心とした国人一揆傘連判断簡(秋田藩家蔵白川文書)に「鹿俣 沙弥清光」とみえる。永禄一一年(一五六八)七月吉日の熊野山新宮年貢帳(青山文書)に「五段 五百文 南彼又」「一町五段 一貫文 彼又」「三段 百五十文 大山」とみえ、地内三地区から紀州熊野新宮へ年貢を納めている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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