日本歴史地名大系 「船引村」の解説
船引村
ふなひきむら
現清武町の中央部から北西部に位置し、東は
天正一六年(一五八八)八月四日の高橋元種宛の日向国知行方目録では「庵屋船引」は三〇町とみえる。江戸時代は初め延岡藩領。寛永一一年(一六三四)の指出(国乗遺聞)では高五一一石余の
船引村
ふねひきむら
現船引町の中央部、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現清武町の中央部から北西部に位置し、東は
天正一六年(一五八八)八月四日の高橋元種宛の日向国知行方目録では「庵屋船引」は三〇町とみえる。江戸時代は初め延岡藩領。寛永一一年(一六三四)の指出(国乗遺聞)では高五一一石余の
現船引町の中央部、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新