十一面観音堂(読み)じゆういちめんかんのんどう

日本歴史地名大系 「十一面観音堂」の解説

十一面観音堂
じゆういちめんかんのんどう

[現在地名]石下町本石下

西原にしはら集落北方、鬼怒きぬ川東岸の河岸砂丘十一面山を背にして大木に囲まれている。観音堂安置の十一面観音は寛政三年(一七九一)鋳造梵鐘の銘に「而其所安霊像者行基菩薩之所彫刻也」とみえ、行基作と信じられていた。さらに「常令一沙弥止住堂側弁備香花以奉重大士矣」とある。なお梵鐘は昭和一七年(一九四二)に供出され、鐘楼のみが堂の東南に建っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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