十三道(読み)じゆうさんみち

日本歴史地名大系 「十三道」の解説

十三道
じゆうさんみち

鰺ヶ沢あじがさわ(現鰺ヶ沢町)から海岸沿いに七里長浜しちりながはまを北に進み、十三湖じゆうさんこ(現北津軽郡市浦村)に至る約三〇キロと、木作きつくり(現木造町)から薦槌こもつち(現木造町)車力しやりき(現車力村)を通り、十三湖口に達する約三二キロの二つの道をよんだ。「車力村史」によれば車力村南端から分れて屏風びようぶ山中を北へ進み、三吉さんきち(現車力村)を過ぎて明神みようじん(現市浦村)付近に出て前者と合流する道は、旧十三街道とよばれ約一二キロであった。

弘前藩の交通網の整備は四代藩主津軽信政の施策によるところが大きいが、すでに前者の海岸沿いの道は浜道の一つとして承応二年(一六五三)の津軽領道程帳(市立弘前図書館蔵)みえ、天保八年(一八三七)の御郡内所々街道駄賃御定(市立弘前図書館蔵)に旧十三街道がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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