十二軒町(読み)じゆうにけんちよう

日本歴史地名大系 「十二軒町」の解説

十二軒町
じゆうにけんちよう

[現在地名]東区十二軒町

明治六年(一八七三)成立した町。江戸時代には北を聚楽じゆらく町、西を神崎かんざき町・駿河するが町、東を南谷みなみたに町、南を播磨はりま町・内安堂寺うちあんどうじ(現南区)に囲まれていた。寛文期(一六六一―七三)貼札をもつ大坂町中並村々絵図では金奉行手代八人および蔵奉行手代一二人の屋敷、文久三年(一八六三)改正増補国宝大阪全図には「御金同心」「ヲクラ手代」と記され、この地域はほぼ一貫して金奉行・蔵奉行の手代屋敷地であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む