十里町遺跡(読み)じゆうりちよういせき

日本歴史地名大系 「十里町遺跡」の解説

十里町遺跡
じゆうりちよういせき

[現在地名]長浜市十里町

あね川によって形成された三角洲上の大井おおい川の自然堤防上に立地する縄文時代中期から平安時代後期の遺跡。昭和五一年(一九七六)・五二年・六〇年・六一年に発掘調査が実施され、弥生時代後期の木棺土壙墓・方形周溝墓群・溝跡、古墳時代初頭の溝跡・井戸状遺構、奈良時代後期から平安時代前期の掘立柱建物跡・土壙・溝跡などを検出。注目されるのは弥生時代後期の木棺土壙墓・方形周溝墓群である。木棺土壙墓は長さ一・二三メートル、幅六九センチ、深さ一四センチの墓壙に、北寄りに長さ約一・二三メートル、幅約三二センチの箱形組合せ式木棺を埋納している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む