千同村(読み)せんどうむら

日本歴史地名大系 「千同村」の解説

千同村
せんどうむら

[現在地名]五日市町千同・観音台かんのんだい

北は倉重くらしげ村、東はおかした川を隔てて五日市村に対する。西に極楽寺ごくらくじ山がそびえ、その山麓の小丘が村の北部に出張るほかは、岡ノ下川へ向けて平地が開け集落が展開する。「芸藩通志」所載絵図によれば、坪井つぼい村の飛地があった。

嘉禎四年(一二三八)七月日付の安芸国佐西郡三ケ年作田所当進未注進状(新出厳島文書)に「佐西郡解申注進嘉禎元二三ケ年作田所当官物進未引付事」として「千同二丁二反」がみえる。戦国末期と考えられる欠年の厳島社家領社役田高辻覚(厳島野坂文書)に「仙塔」、慶長(一五九六―一六一五)頃と推定される厳島社社家内侍領等高辻覚(野坂文書)に「千答」、元和五年(一六一九)の安芸国知行帳に「船頭村」、広島藩御覚書帖に「仙洞村」、文政二年(一八一九)石内いしうち村の「国郡志下調書出帳」には「川頭村」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む