千塔山遺跡(読み)せんどやまいせき

日本歴史地名大系 「千塔山遺跡」の解説

千塔山遺跡
せんどやまいせき

[現在地名]基山町大字宮浦

国鉄鹿児島本線基山駅前の洪積層台地(五〇メートル)にある弥生古墳・中世期の遺跡。

台地上に南北八〇メートル、東西六四メートル以上の、断面がU字形をした溝が隅丸長方形にめぐり、その内外に弥生中期・後期の住居跡五六を検出一帯から土器・鉄器多数のほか青銅製鋤先七点が出土した。先土器時代の石器、縄文時代の土器・石器も出土し、環溝住居跡周辺から箱式石棺墓・土壙墓・木棺墓などを検出した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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