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半井瑞策 なからい ずいさく

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

半井瑞策 なからい-ずいさく

1522-1596 戦国-織豊時代の医師。
大永(たいえい)2年生まれ。半井明親(あきちか)の子。半井明英(あきふさ)の弟。家代々の医業をつぎ,織田・豊臣氏に厚遇された。正親町(おおぎまち)天皇から通仙院の号と「医心方」をあたえられ,宮内大輔(たいふ),典薬頭(てんやくのかみ)となる。文禄(ぶんろく)5年8月25日死去。75歳。名は光成。別号に驢庵(ろあん)(2代)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

半井瑞策

没年:慶長1.8.25(1596.10.16)
生年:大永2?(1522)
安土桃山時代の医者。明親の子。名は光成,通称は瑞策のち剃髪して驢庵(2代)。医術に詳しく,宮内大輔に任ぜられる。皇后の病を治して正親町天皇より『医心方』30巻(国宝)と通仙院の院号を賜った。また御殿一式を拝領し,書院1棟(現・通遷院,重要文化財)を大徳寺真珠庵に寄進,その他は成近(4代驢庵)の代に江戸元吉原の屋敷に移したが明暦の大火で類焼した。法印に叙せられたとき深黒の素絹を着ることを許され,医官の最上席に着座を許されたという。京都で没し,大徳寺真珠庵に葬られた。<参考文献>石野瑛「大医和気・半井家系の研究」(『中外医事新報』1247号)

(宗田一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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