朝日日本歴史人物事典 「半井瑞策」の解説
半井瑞策
生年:大永2?(1522)
安土桃山時代の医者。明親の子。名は光成,通称は瑞策のち剃髪して驢庵(2代)。医術に詳しく,宮内大輔に任ぜられる。皇后の病を治して正親町天皇より『医心方』30巻(国宝)と通仙院の院号を賜った。また御殿一式を拝領し,書院1棟(現・通遷院,重要文化財)を大徳寺真珠庵に寄進,その他は成近(4代驢庵)の代に江戸元吉原の屋敷に移したが明暦の大火で類焼した。法印に叙せられたとき深黒の素絹を着ることを許され,医官の最上席に着座を許されたという。京都で没し,大徳寺真珠庵に葬られた。<参考文献>石野瑛「大医和気・半井家系の研究」(『中外医事新報』1247号)
(宗田一)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報