半道寺村(読み)はんどうじむら

日本歴史地名大系 「半道寺村」の解説

半道寺村
はんどうじむら

[現在地名]西仙北町半道寺

刈和野かりわの村より東約一里にある。今泉いまいずみ川が村の東側を流れる。東は小杉山こすぎやま村、北は今泉村に接する。

久保田領郡邑記に「戸沢能登守閑地ノヤシキアトアリ、古城トイフ、(中略)慶長年中戸沢家ノ浪人、此村ニアツテ不法ヲ働ク、此故ニ足軽ヲ居セシムト云ヘリ」とあるから、一定規模の村落の存在をうかがわせる。戸沢浪人の不法とは、おそらく佐竹氏入部に不満をもつ者の行動だったと思われる。佐竹氏は入部直後、領内の要所家臣団を常駐させ、刈和野村の一部をさいて足軽を常駐させた。

寛永一五年(一六三八)簗十兵衛あての佐藤源右衛門・須田□主膳守両名が出した差紙によれば、今泉村・土川つちかわ村・半道寺村三ヵ村の野谷地の新開を認めている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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