南問屋町(読み)みなみといやまち

日本歴史地名大系 「南問屋町」の解説

南問屋町
みなみといやまち

[現在地名]南区島之内しまのうち二丁目

東横堀ひがしよこぼり川浜側通に東面した南北の片側町で、小西こにし町の南にある。南は道頓堀大和どうとんぼりやまと町、間に八幡はちまん筋と三津寺みつてら筋を挟む。明暦元年(一六五五)大坂三郷町絵図には「南といや町」とあり、万治三年(一六六〇)の伏樋設置の覚(安井家文書)では単に問屋町となっているので、問屋町ともよばれていたようである。大坂三郷南組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数二二・役数二六役で、うち年寄分・会所分各一役が無役。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報