南大牟田村(読み)みなみおおむたむら

日本歴史地名大系 「南大牟田村」の解説

南大牟田村
みなみおおむたむら

[現在地名]大牟田市久保田町くぼたまち一―二丁目・不知火町しらぬひまち一―三丁目・住吉町すみよしまち大正町たいしようまち一―六丁目・宝坂町たからざかまち一―二丁目・中島町なかしままち中友町なかともまち原山町はらやままち古町ふるまち本町ほんまち一―六丁目・松原町まつばらまち港町みなとまち一浦町いちのうらまち笹林町ささばやしまち一―二丁目・築町ちくまち有明町ゆうめいまち一―二丁目・諏訪町すわまち一―三丁目

下里さがり村の西、大牟田川の河口南岸から南の諏訪川河口右岸の間の海岸部にある。大牟田川の対岸北大牟田村。元和七年(一六二一)からは三池藩領。同年の郡村帳(三池立花家文書)では大牟田村とあり、玄蕃高六三五石余、小物成は野手米一石余・海年貢米三石余。三池藩関係の史料では大牟田村と記され、元禄国絵図には南大牟田村とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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