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南里有鄰 なんり ゆうりん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

南里有鄰 なんり-ゆうりん

1812-1864 江戸時代後期の国学者,歌人。
文化9年1月11日生まれ。肥前佐賀藩士。父にしたがい江戸にいき,塙保己一(はなわ-ほきいち)がひらいた和学講談所にまなぶ。天保(てんぽう)11年藩校弘道館和学寮教授となった。私塾本教館をひらいて国学,和歌をおしえた。元治(げんじ)元年10月14日死去。53歳。名は元易,居易。別号に松門。著作に「神理十要」「肥前旧事」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

南里有鄰

没年:元治1.10.14(1864.11.13)
生年:文化9.1.11(1812.2.23)
江戸後期の国学者。肥前(佐賀)藩士。通称伝作。名は元易,居易,号は松門。佐賀藩校弘道館教授十蔵元寿の子。若いころ父と共に江戸で塙塾に国学を学んだ。天保9(1838)年,27歳のとき帰藩,11年,弘道館和学寮教授。私塾本教館でも国学和歌を教え,副島種臣も学んだという。長崎警備出役のため長崎に出向くことも多かった。古学神道家として本居宣長,平田篤胤の古学神道に影響を受けるが,哲学的思考を特徴とし,活眼をもって神典に神理を読むと自ら述べた。『真教概論』『神伝広意』にその思想をうかがうことができるが,キリスト教の影響も大きいとされる。<参考文献>村岡典嗣「南里有鄰の神道思想」(『日本思想史研究』)

(飯倉洋一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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