朝日日本歴史人物事典 「南里有鄰」の解説
南里有鄰
生年:文化9.1.11(1812.2.23)
江戸後期の国学者。肥前(佐賀)藩士。通称伝作。名は元易,居易,号は松門。佐賀藩校弘道館教授十蔵元寿の子。若いころ父と共に江戸で塙塾に国学を学んだ。天保9(1838)年,27歳のとき帰藩,11年,弘道館和学寮教授。私塾本教館でも国学和歌を教え,副島種臣も学んだという。長崎警備出役のため長崎に出向くことも多かった。古学神道家として本居宣長,平田篤胤の古学神道に影響を受けるが,哲学的思考を特徴とし,活眼をもって神典に神理を読むと自ら述べた。『真教概論』『神伝広意』にその思想をうかがうことができるが,キリスト教の影響も大きいとされる。<参考文献>村岡典嗣「南里有鄰の神道思想」(『日本思想史研究』)
(飯倉洋一)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報