南須田村(読み)みなみすだむら

日本歴史地名大系 「南須田村」の解説

南須田村
みなみすだむら

[現在地名]能登川町南須田

きぬがさ山の北西麓にあり、北は神崎伊庭いば村枝郷の須田村。当村は蒲生がもう郡に属し、史料上は須田村とみえる。集落は松並木の続く朝鮮人街道が通り、神崎郡須田村との境に郡境を示す「是より南見寺領」と刻む石標がある。南西北腰きたこし越の坂を上ると下豊浦しもとようら(現蒲生郡安土町)に至る。安土そうけん寺領になったのは、天正二〇年(一五九二)一月八日豊臣秀吉が当地一帯を含む豊浦庄一〇〇石を同寺に寄進して以来で見寺文書)、明治四年(一八七一)当村が大津県の管轄となるまで続く。慶長七年(一六〇二)の豊浦之庄見寺分検地帳(同文書)によれば上田四町七反余・中田一町八反余・下田五町四反余、上畠八反余・中畠五反余・下畠六反余、屋敷四反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む