南高岡村(読み)みなみたかおかむら

日本歴史地名大系 「南高岡村」の解説

南高岡村
みなみたかおかむら

[現在地名]北浦村南高岡

山田川右岸にあり、北東は高岡村。戦国期以降は行方城(現麻生町)に拠った下河辺氏の所領となり、下河辺しもこうべ郷と称した(新編常陸国誌)が、天正一九年(一五九一)の同氏滅亡後は佐竹氏領となり、その後、仁賀保氏領・皆川氏領を経て、元禄一三年(一七〇〇)府中(石岡)藩松平氏領となる(徳川加封録、寛政重修諸家譜)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む