印勝寺(読み)いんしようじ

日本歴史地名大系 「印勝寺」の解説

印勝寺
いんしようじ

[現在地名]七尾市小島町

法華宗陣門流。宝泉山と号し、本尊釈迦如来。京都本禅ほんぜん(現京都市上京区)の権大僧都日導が天文一七年(一五四八)廻国の折七尾に逗留し、印勝の申請を得て建立したという(貞享二年寺社由緒書上)。同一九―二〇年頃、能登にあった日導が本禅寺に送った書状(本禅寺文書)によれば、七尾城内の主導権をめぐる畠山氏重臣の抗争によって城下の寺庵や民家がすべて焼失したが、争乱の鎮静後住民が城下に戻り七尾町の再建が図られたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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