友永村(読み)ともながむら

日本歴史地名大系 「友永村」の解説

友永村
ともながむら

[現在地名]袋井市友永

豊田とよだ郡に所属。敷地しきじ川の中流域、同川東は平地が開け、西は磐田原台地に続く丘陵に立地する。南は大谷おおや村。友長とも。貞治元年(一三六二)頃とみられる一〇月一九日の西園寺実俊施行状(熊野速玉神社文書)に添付された遠江国国衙領目録に「友長郷 廿九石二斗七合」とみえる。永禄一一年(一五六八)一二月二六日、徳川家康は「友長」ほかの地を忠節衆の鵜殿三郎(氏長)らに安堵している(「徳川家康判物写」譜牒余録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む