友牛村(読み)ともうじむら

日本歴史地名大系 「友牛村」の解説

友牛村
ともうじむら

[現在地名]平塚市まとい

東境金目かなめ川が流れ、東は南原みなみはら村、西は久松ひさまつ村、南は徳延とくのぶ村、北は長持ながもち村に接する。「風土記稿」は享和三年(一八〇三)以降「朝氏」の字を用いるとするが必ずしも一定していなかった。小田原衆所領役帳には平川左衛門「弐拾弐貫四百六拾文 中郡藤沢ニ寮分友牛」とある。

近世は初め幕府直轄領、元禄一〇年(一六九七)旗本堀領。寛文五年(一六六五)検地帳(平塚市史三)によれば田五町八反余、畑屋敷三町六反余。大磯宿(現中郡大磯町)の大助郷を勤め、元禄七年の助郷高一一五石(「大磯宿助郷村高覚」県史九)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

《「晋書」杜預伝から》竹が最初の一節を割るとあとは一気に割れるように、勢いが激しくてとどめがたいこと。「破竹の勢いで連戦連勝する」[類語]強い・強力・強大・無敵・最強・力強い・勝負強い・屈強・強豪・強...

破竹の勢いの用語解説を読む