取出村(読み)とりいでむら

日本歴史地名大系 「取出村」の解説

取出村
とりいでむら

[現在地名]四賀村会田あいだ 取出

松本藩領会田組で、のち幕府領。会田町あいだまち村の東南にある。中世会田城の支砦があったので、取出と名付けられた。

天正検地の村高は二三五石七斗九升三合、「信府統記」による村高は「御朱印高百六十三石九斗八升五合」で、享保九年(一七二四)当時の石高は三〇七石六斗四升四合、うち田二一六石二斗八升四合、畑五九石一升四合となっている。慶安五年(一六五二)の検地では本百姓二三軒、門百姓二二軒であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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