口波多村(読み)くちはたむら

日本歴史地名大系 「口波多村」の解説

口波多村
くちはたむら

[現在地名]智頭町口波多

口宇波くちうなみ村の北西新見にいみ川に注ぐ波多はた川の中流域にあり、北西上流は波多村。北方にはかご山がそびえ、集落の南にある谷をたどれば宇波うなみ村の枝村夏明なつあけの集落に至る(因幡志)。波多村の枝村であったが、元禄郷帳・元禄国絵図作成までに分村した(元禄一四年「変地其外相改目録」県立博物館蔵)口畑村とも記す(因幡志)。元禄郷帳では高九六石余。なお正徳元年(一七一一)郷村高辻帳には高七〇石余とあるが、これは当村分の拝領高に相当するか。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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