古定塚町(読み)ふるじようづかまち

日本歴史地名大系 「古定塚町」の解説

古定塚町
ふるじようづかまち

[現在地名]高岡市古定塚

高岡古城の東に位置し、西方射水いみず中川なかがわ村領・湶分あわらぶん領を隔て土器かわらけ町。本町で、高岡築城の節前田利長が近江国から職人を招いて成立したという(高岡市史)。正保二年(一六四五)職人は移され、射水横田よこた村を請地して横田新町が町立てされた(同書)。寛永六年(一六二九)までの北陸街道の付替えにより、当地住人の多くが高岡古城の南方、大手門付近に移住し、定塚町(通称定塚新町)が成立したため、古定塚町とよばれるようになった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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