古川神社(読み)ふるかわじんじや

日本歴史地名大系 「古川神社」の解説

古川神社
ふるかわじんじや

[現在地名]古川市諏訪二丁目

古川市街地の北西諏訪すわ公園内にあり、祭神は武甕槌命・建御名方命。大正二年(一九一三)以前は鹿島神社と称し、「古川村安永風土記」に「鹿島社 田村将軍東夷御退治ニ依リ御願ニ大同二年御勧請之由申伝候」とあり、一説には延暦二〇年(八〇一)とも伝える。坂上田村麻呂は鎧兜を奉納し、よろい神社、かぶと神社を大柿おおがき村に祀り、末社としたという。最初は元鹿島もとかしま(現上古川)にあったが「往古古川村ニ御座候節只今之鹿島社此所ニ相立候処川筋北相廻リ右川跡ヘ在家相出候ニ付此所より唯今之社地ヘ引移申候由ニ御座候事」(安永風土記)と、寛永年間(一六二四―四四)大柿村七日なのか町へ移った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む