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武徳殿 ぶとくでん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

武徳殿
ぶとくでん

(1) 平安京大内裏 (だいだいり) の殿舎射場 (いば) 殿,馬場殿ともいう。天皇がここで武技駒牽 (こまひき) などを観閲した。 (2) 1895年京都市が平安神宮造営のとき,大日本武徳会を創設し,99年設立した演武場の名。のち全国各都道府県に1つずつ設けられた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぶとくでん【武徳殿】

平安宮の馬場正殿。《和名抄》によれば〈むまきどの〉と訓ずる。また馬場殿とも記す。818年(弘仁9)以前には馬埒殿(ばらちでん)と称した。殷富門の内側で図書寮の南,造酒司の北に所在する。毎年恒例の端午節会の5月5,6日の騎射競馬,それらに用いる馬を貢献する4月28日の駒牽を行った。東を正面とする7間・2間の身舎(もや)に四面廂(ひさし)を付けた南北棟建物で,高御座を設けて儀式の際には天皇が出御する。

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大辞林 第三版の解説

ぶとくでん【武徳殿】

平安京大内裏の殿舎の名。宜秋門の西、右兵衛府の東にあって騎射・競べ馬などを天皇が御覧になる。弓場殿ゆばどの。 → 大内裏
1895年(明治28)平安神宮内に設けられた大日本武徳会の大演武場。現在は廃止。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

武徳殿
ぶとくでん

平安京大内裏(だいだいり)の殿舎の一つで、大極殿の北西に建てられ、796年(延暦15)に完成し、武芸優秀の者を諸国から徴集して、初めての天覧が行われた。建物は東面し、前面に宴の松原があり、端午の節儀後などには、ここで駒牽(こまびき)(競馬(くらべうま))や騎射(きしゃ)が行われ、馬埒殿(うまらちどの)、弓場殿(ゆばどの)などとよばれた。平安中期以後、しばしば焼亡と再興を繰り返したが、1895年(明治28)大日本武徳会の創設を機に平安神宮内に模擬の武徳殿を新築し、同会の大演武場とした。[渡邉一郎]

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世界大百科事典内の武徳殿の言及

【大日本武徳会】より

…初代役員は,総裁小松宮彰仁(あきひと)親王,会長渡辺千秋(京都府知事),副会長壬生基脩(平安神宮宮司)。武徳会は,平安神宮境内に武徳殿を建てること,毎年武徳祭を催すこと,武道の保存・奨励・普及をはかること,武器・用具・史料などを収集すること,会誌の発行などをおもな事業とし,さらに各府県に支部を置いて,府県知事を支部長とした。武徳殿は99年に竣工し,各府県支部も相次いで武徳殿を建てた。…

※「武徳殿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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