古築島町(読み)ふるつきしまちよう

日本歴史地名大系 「古築島町」の解説

古築島町
ふるつきしまちよう

[現在地名]函館市末広町すえひろちよう豊川町とよかわちよう

明治五年(一八七二)二月に一町として公認された町(同年「御達留」市立函館図書館蔵、「事業報告」第一編)。翌六年の町名町域再整理の際、船場ふなば町と改称した(「事業報告」第一編など)当地享和―文化年中(一八〇一―一八)内澗うちま町の海岸寄洲を埋立てて造成した地で(「函館区史」など)、万延元年(一八六〇)箱館全図では「築島」とみえ、「御船製造所」(船作事小屋)や「産物方蔵所」が置かれている。「大日本地名辞書」に引く享和元年の箱館名主総代提出書類(高橋重賢筆記)によれば、それまで箱館には船の作事場がなく、少しの修理でもほかの湊に乗付けて行っていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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