召公(読み)しょうこう(その他表記)Zhào gōng

改訂新版 世界大百科事典 「召公」の意味・わかりやすい解説

召公 (しょうこう)
Zhào gōng

中国古代,西周建国のさいの功臣。名は奭(せき)。周公と並称される。姫(き)姓だともいうが,むしろ殷代の雄族の召方(しようほう)に出ると考えるべきであろう。周の武王を助けて殷を滅ぼし,その功績により燕に封ぜられた。しかし燕へは一族の者を行かせ,召公自身は周都にとどまったのであろう。成王の時代には三公の職につき,陝西の地の支配をゆだねられて善政を敷いた。《詩経》〈召南〉の諸篇はそれをたたえた歌だともされる。長寿を得て死んだ。周都にとどまったその子孫は代々召公を名のり,春秋時代にまで,周公とならんでその名が見える。なお召公および匽(えん)(燕)侯関係の,殷末・周初の青銅器山東や北京近辺などで発見されており,召公の伝説にもとづいた歴史事実のあったことが確かめられる。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

福岡県福岡市博多区の櫛田神社の夏祭り。壮麗な山笠で知られる。今日,山笠には飾り山笠と舁き山笠(かきやまがさ)の 2種類がある。明治時代に電線が架設されて以降,物語場面の人形などを飾りつけた高さ 15m...

博多祇園山笠の用語解説を読む