日本歴史地名大系 「可須村」の解説
可須村
かすむら
現町域の北部を占め、深い入江に恵まれ、
慶長九年(一六〇四)の平戸領惣目録に香須村とみえ、高六四〇石余。慶長国絵図にも村名があり、正保国絵図では高三五七石余。明暦二年(一六五六)の田方帳抜書では可須村に
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現町域の北部を占め、深い入江に恵まれ、
慶長九年(一六〇四)の平戸領惣目録に香須村とみえ、高六四〇石余。慶長国絵図にも村名があり、正保国絵図では高三五七石余。明暦二年(一六五六)の田方帳抜書では可須村に
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