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右京大夫 ウキョウノダイブ

デジタル大辞泉の解説

うきょう‐の‐だいぶ〔ウキヤウ‐〕【右京大夫】

右京職(うきょうしき)の長官。正五位上相当。うきょうのかみ。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

右京大夫 うきょうのだいぶ

1422-1509 室町-戦国時代の女性。
応永29年生まれ。永享11年18歳のとき三条西家にはいる。公保(きんやす),実隆(さねたか)の2代につかえて83歳まで家政を担当。実隆は死期がせまった彼女を小庵にうつす際には輿(こし)をもちい,死後も供養のため写経をしたという。永正(えいしょう)6年2月10日死去。88歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

右京大夫

没年:永正6.2.10(1509.2.28)
生年:応永29(1422)
室町時代,三条西家の仕女。永享11(1439)年,18歳で三条西家の家女房となり,公保・実隆の2代にわたり,永正1(1504)年,83歳まで勤続して三条西家の家政を担当した。この年落髪したが,その5年後に老病のため,輿で三条西家を出され,近くの小庵に移されて88歳で死亡している。<参考文献>原勝郎『東山時代に於ける一縉紳の生活』

(細川涼一)

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大辞林 第三版の解説

うきょうのだいぶ【右京大夫】

右京職の長官。
建礼門院右京大夫のこと。

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