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司徒美堂 しとびどうSi-tu Mei-tang

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

司徒美堂
しとびどう
Si-tu Mei-tang

[生]同治7(1868).4.3. 広東開平
[没]1955.5.8. 北京
中国の在米実業家。少年の頃アメリカへ渡り,在米華僑の権利擁護と相互扶助を目的とする結社「致公堂」の最高指導者となった。また,致公堂の一派でアメリカ東海岸の主要都市に事務所をおく結社「安良堂」を創立し,華僑の保護に尽した。中国の革命運動を支持し,孫文に政治資金を提供。 1941年蒋介石に招かれて重慶を訪れたが失望して帰米。致公堂を政党化して致公党をつくり,46年帰国し,47年ホンコンで第3次大会を開き政綱を発表。 49年9月人民政治協商会議に華僑代表として出席し,のち中央人民政府委員となり,54年第1期全国人民代表大会常務委員に選ばれた。

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世界大百科事典 第2版の解説

しとびどう【司徒美堂 Sī tú Měi táng】

1868‐1955
在米華僑の指導者。広東省開平県の人。1881年渡米,コック,船員などをしたのち,結社洪門致公堂に参加,華僑の権利擁護につとめるとともに,清朝打倒,抗日支援の活動にも奔走した。1949年帰国,人民政治協商会議第1回全体会議に参加した。その後,中央人民政府委員,全国人民代表大会常務委員,人民政治協商会議全国委員,華僑事務委員会委員などを歴任し,55年5月8日北京で病死した。【田中 宏】

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