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司馬芝叟 しば しそう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

司馬芝叟 しば-しそう

1760?-1808? 江戸時代中期-後期の浄瑠璃(じょうるり)・歌舞伎作者。
宝暦10年?生まれ。医師永富独嘯庵(どくしょうあん)の次男という。天明8年江戸肥前座の「花上野誉(はなのうえのほまれ)の石碑(いしぶみ)」で評判となり,のち大坂で「箱根霊験躄仇討(はこねれいげんいざりのあだうち)」などおおくの浄瑠璃をつくる。芝屋勝助の名で歌舞伎作者もかね,「蕣(あさがお)」などの長咄(ながばなし)の作者,演者としても知られる。文化5年?死去。49歳?通称は又三郎。別号に司馬叟,し葉叟。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の司馬芝叟の言及

【人情噺】より

…本来は続物で,《塩原多助一代記》《業平文治漂流奇談(なりひらぷんじひようりゆうきだん)》《名人長二》などのように,落ち(さげ)がなくて,人生や社会を如実にえがく実のある噺をいったが,現在では,《芝浜》《鰍沢(かじかざわ)》《火事息子》《文七元結(ぶんしちもつとい)》などのように,落ちはあっても,人情味のある一席物の噺を人情噺といっている。江戸における続物人情噺の祖は,文化・文政(1804‐30)ごろに活躍した2代石井宗叔(そうしゆく)であり,また上方で人情噺を始めたのは,享和・文化(1801‐18)ごろの司馬芝叟(しばしそう)(芝屋勝助ともいう)だった。医者から落語家に転じた宗叔に対して,芝叟は浄瑠璃作者であり,歌舞伎作者でもあり,中国小説に取材した長噺(ながばなし)《油》は劇化もされた。…

【箱根霊験躄仇討】より

…12段。司馬芝叟(しばしばそう)作。初演は1801年(享和1)8月4日(正本刊記による)。…

【落語】より

…それは落語の演劇化である大坂俄(にわか)や雑俳の流行,さらに知識人の余戯としての笑話の漢訳と中国笑話の訓訳が続出したためだった。そのころ,職業的落語家松田弥助が活躍し,つづいて上方人情咄(噺)の祖司馬芝叟(しばしそう)も登場し,長咄の分野を開拓した。 おなじ安永・天明ごろ,江戸は洒落本(しやれぼん),黄表紙(きびようし),狂歌,川柳などの笑いの文学全盛期に入り,落語も復興した。…

※「司馬芝叟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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