吉ヶ池村(読み)よしがいけむら

日本歴史地名大系 「吉ヶ池村」の解説

吉ヶ池村
よしがいけむら

[現在地名]珠洲市若山町吉(わかやままちよし)ヶ池(いけ)

二子(ふたご)村の西にある。鳳至(ふげし)郡境から北山(きたやま)村を経て当村に入り、テラコブト峠を越えて大谷(おおたに)村に至る道は殿様(とのさま)街道とよばれ、郡奉行らの巡見路であった。垣内に円堂(えんどう)・吉路(よしろ)がある。正保郷帳に村名がみえ、高一三一石余、田七町五反余・畑一町二反余、新開高二五石余(免二ツ七歩)。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の草高一七三石、免三ツ七歩、小物成は山役一七五匁・漆役二匁、鍛冶炭役五匁(出来)、なお敷借本米・利足は一九石余であった(三箇国高物成帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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