吉作村(読み)よしづくりむら

日本歴史地名大系 「吉作村」の解説

吉作村
よしづくりむら

[現在地名]富山市吉作

呉羽山くれはやま丘陵の西側緩斜面に続く境野新さかいのしん扇状地扇端部の東寄りに位置。婦負郡に属し、南西住吉すみよし村、東は追分茶屋おいわけちやや北陸街道(巡見使道)が通る。灌漑用堤(溜池)うしくび用水によって開発が進み、寛永一〇年(一六三三)の牛ヶ首用水管理約定書(牛ヶ首用水土地改良区蔵)に肝煎市介の名がみえる。同一六年以降富山藩領で、正保郷帳では高四一三石余、田方二三町七反余・畑方三町八反余、新田高三一石余。承応四年(一六五五)の村御印では草高五一六石余(蔵入)、免三ツ二歩八厘、小物成銀一八六匁一分六厘(村々御印物等書上)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android