吉田口留番所跡(読み)よしだぐちどめばんしよあと

日本歴史地名大系 「吉田口留番所跡」の解説

吉田口留番所跡
よしだぐちどめばんしよあと

[現在地名]長野市吉田

吉田村中央西寄り、北国脇往還北側にある。寛永年中(一六二四―四四)松代藩真田氏が初めて設置した番所。寛永二年、真田信之が金井善兵衛に対し、領内口留番衆のことを取り締まらせた出浦半平等連署状(金井文書)に「里山中御口留之者、其方ニ被仰付候間、無断御番所堅可被仰付候者也」とある。吉田は北国脇往還が飯山いいやま道及び長沼ながぬま道と布野ふの渡を経て須坂すざか(現須坂市)へ至るなど、松代領から他領へ通ずる諸道の分岐するところであり、越後筋・飯山筋あるいは上州筋から善光寺ぜんこうじ町への関門にあたっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む