吉田泉殿跡(読み)よしだいずみどのあと

日本歴史地名大系 「吉田泉殿跡」の解説

吉田泉殿跡
よしだいずみどのあと

[現在地名]左京区吉田泉殿町

百万遍知恩ひやくまんべんちおん寺の南西にあたる。鎌倉時代の公家西園寺公経の別荘。以後、西園寺家が継いだ。「明月記」嘉禄二年(一二二六)五月二七日条に「幕下被向吉田泉、帰路之次云々」とみえ、以後しばしば同日記に登場する。「百錬抄」建長七年(一二五五)六月五日条に「院御幸吉田泉殿、々上人御随身等有五番競馬云々」、「帝王編年記」文永二年(一二六五)六月四日条に「於吉田泉公卿殿上人、御随身、七番競馬、一院新院御幸云々」更には「井蛙抄」に「後嵯峨院御時、吉田の泉にて御連歌ありけり」などとあるように、公家の遊楽の場として利用された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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