吉積庄(読み)よしづみのしよう

日本歴史地名大系 「吉積庄」の解説

吉積庄
よしづみのしよう

現戸出吉住(といでよしずみ)を遺称地とし、その一帯に位置した大外記中原家領庄園。中原家領になった時期は不明だが、「師守記」康永四年(一三四五)六月一二日条によれば、師守の父師右を尋ねて庄内の西吉郷(西吉江村)預所が上洛しており、成立は建武政権以前にさかのぼると考えられる。貞治六年(一三六七)七月一〇日条には、「吉積庄内石塚・西吉江等村預所職事」とみえ、吉積庄の預所のことが問題化している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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