名児山(読み)なごやま

日本歴史地名大系 「名児山」の解説

名児山
なごやま

旧玄海町田島たしまと現津屋崎つやざき勝浦かつうらとの間にある山。「なちごやま」ともよぶ。天平二年(七三〇)一一月、大宰帥大伴旅人の家から上京する坂上郎女が名児山を越え、「大汝少彦名の神こそは名づけ始めけめ名のみを名児山と負ひてわが恋の千重の一重も慰めなくに」と詠じている(「万葉集」巻六)。この道を通ったのは宗像社への参詣のためであろう。「平家物語」巻八によると、平家一行は寿永二年(一一八三)大宰府から落延びる途中筥崎宮・香椎宮・宗像宮を参詣し、「たるみ山」(現宗像市と遠賀郡岡垣町の境の垂見峠)・「鶉浜(現岡垣町内浦)を経て山賀やまが(現芦屋町)に至っている。これは箱崎はこざき(現福岡市東区)から海岸沿いに津屋崎に至り、名児山・垂見たるみ峠を越えた経路とみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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