名割村(読み)なわりむら

日本歴史地名大系 「名割村」の解説

名割村
なわりむら

[現在地名]荒川町名割

北は中倉なかくら村、西は新保しんぼ村に接する。文禄(一五九二―九六)頃の瀬波郡絵図には「色部土沢入合なわり村 中」とみえ、本納一〇〇石五斗二升・縄高三五八石七斗七升三勺、家一一軒とある。また小川を隔てた北方に「色部分かすはたけ村 下」と記され、本納七石三斗・縄高三三石三升二合、家六軒とある。近世は初め村上藩領、宝永六年(一七〇九)幕府領、文政一〇年(一八二七)一橋領。正保国絵図では二〇〇石余。天保五年(一八三四)の村明細帳(高橋辰太郎氏蔵)によれば田畑三七町五反余、家数六〇。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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