名蔵御嶽(読み)のーらおん

日本歴史地名大系 「名蔵御嶽」の解説

名蔵御嶽
のーらおん

[現在地名]石垣市名蔵

名蔵(なぐら)小中学校の北約六〇〇メートルにあるサトウキビ畑の中に位置し、全体が大きな杜となっている。「琉球国由来記」によると神名は照添照明シ(照らし守り照らし明るくする御嶽)、イベ四座の名はオモトアルジ(於茂登岳の主神)、東花テヨシハナ(揚がる頂、テヨシの頂)、ナカオモトナカタトライ(中於茂登・中タトライ)、袖タレ大アルジ豊見タトライ(袖を垂れ給う大主、名高いタトライ様)で、名蔵には同じ神名と縁起を有する水瀬(みじいし)御嶽・白石(しいさしい)御嶽がある。「琉球国由来記」に記される三御嶽創建の由来は次のようである。昔名蔵にハツガネ・タマザラ・オモトオナリという三人の兄妹がおり、一番上のハツガネは傲慢かつ不信心な男であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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