日本歴史地名大系 「名蔵村」の解説
名蔵村
のーらむら
雍正五年の八重山島由来記に「石垣村之内名蔵村」とみえ、集落は南西の方を向き、長さ一町一七間・横一町一間とある。乾隆二年(一七三七)の調査では人口五三人、村回り七町一八間で、風気はよく、田畑も広く住みやすいと報告されている(参遣状)。同年三月、名蔵村百姓二三人は石垣・
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
雍正五年の八重山島由来記に「石垣村之内名蔵村」とみえ、集落は南西の方を向き、長さ一町一七間・横一町一間とある。乾隆二年(一七三七)の調査では人口五三人、村回り七町一八間で、風気はよく、田畑も広く住みやすいと報告されている(参遣状)。同年三月、名蔵村百姓二三人は石垣・
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[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...