向西坊入定窟(読み)こうさいぼうにゆうじようくつ

日本歴史地名大系 「向西坊入定窟」の解説

向西坊入定窟
こうさいぼうにゆうじようくつ

[現在地名]和田町花園

花園(はなその)と柴(しば)の境界を流れる長者(ちようじや)川の源流地帯を花園山といい、その途中、樹木鬱蒼として昼なお暗い所に懸かる瀑布があり、これを花園の黒(くろ)滝という。滝口の右傍らの岩穴に不動明王像一躯があり、その右方に享保一七年(一七三二)銘の露座に石像が立ち、向西坊碑という。向西坊は石州浜田(はまだ)(現鳥取県浜田市)あるいは上州秋間(あきま)(現群馬県安中市)の出身で元助とも文助ともいい、赤穂浪士片岡源五右衛門の僕であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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