味方新田(読み)あじかたしんでん

日本歴史地名大系 「味方新田」の解説

味方新田
あじかたしんでん

[現在地名]味方村味方

味方村の西方の後背湿地に開発された新田。この地域はもと大野おおのと称し、よろい潟縁辺村々の田を水害から守る遊水場であったが、寛永四年(一六二七)以後開発を禁止され、御封印野ごふういんの改称幕府領であったが、宝暦元年(一七五一)一二ヵ村に分割され、村請新田が成立した。文政三年(一八二〇)しん川開通により御封印野を含む三潟(鎧潟・田潟・大潟)地方の開拓は進み、同八年に当新田は五野上ごのかみ村新田(現潟東村)とともに出雲崎代官野田斧吉の検地をうけ、高一九石余、二町七反二畝余を打出されている(「御封印野組八ケ村分村指出明細帳」高橋家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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