味間南村(読み)あじまみなみむら

日本歴史地名大系 「味間南村」の解説

味間南村
あじまみなみむら

[現在地名]篠山市味間南・住吉台すみよしだい

味間村の南部に位置し、住吉川に黒谷くろたに川・文保寺ぶんぽうじ川が注ぐ。正保郷帳などでは味間村のうちで、貞享元年(一六八四)に分立したという。正徳四年(一七一四)の大沢組茶園畝高帳(杉本家文書)では高三六五石余のうち茶高一二一石余。「丹波志」に味間庄のうちとして「味間南」と記され、高三六五石余。明和八年(一七七一)の篠山全藩一揆では百姓の伊兵衛が三〇日手鎖に処されている(安永三年「多紀郡中強訴一件仕置相伺候書付案」小林家文書)。天明三年(一七八三)の篠山領内高並家数人数里数記では大沢組のうちで、家数六四・人数二五六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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