味間村(読み)あじまむら

日本歴史地名大系 「味間村」の解説

味間村
あじまむら

[現在地名]田原本町大字味間

八条はつちよう村の東南所在。正嘉三年(一二五九)の隆弘田地寄進状(東大寺文書)に「合壱段者字東大寺田在十市郡東郷十九条三里卅四坪自南四段目」とある東大寺田は、現東味間に相当する。康正二年(一四五六)一〇月四日検帳に「一反カヰカミ 七斗五升 免八升 味間ノ二丁東大道ヨリ南二丁ノツホノ内ニアリ 二反クノヰタ 一石二斗 免一斗二升 味間八田殿ノ北ウラウシトラニアリ」とあるカヰカミ・クノヰタの小字は現存する。「多聞院日記」の永禄一二年(一五六九)六月二二日条に「中村又三郎味間ヨリ麦五斗上了」、天正二年(一五七四)一二月二四日条に「又六来了、味間ヨリナツトウ上」と味間の名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む