和久井村(読み)わくいむら

日本歴史地名大系 「和久井村」の解説

和久井村
わくいむら

[現在地名]西方村金井かない

金崎かなさき村の南、小倉おぐら川西岸に沿う。例幣使街道が通る。西方郷一三ヵ村の一で、寛永一九年(一六四二)和久井太郎左衛門の開発によって成立し、当時の高二三石余という(西方記録)。「寛文朱印留」に村名がみえ、武蔵岩槻藩領。のち下総古河藩領となるが、元禄郷帳では高三〇石余、旗本佐野領。改革組合村では幕府領、旧高旧領取調帳では下総下妻藩領。天保年間(一八三〇―四四)の家数一一(改革組合村)。寛文二年(一六六二)岩槻藩によって検地が行われたが畑方のみであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む