和田南村(読み)わだみなみむら

日本歴史地名大系 「和田南村」の解説

和田南村
わだみなみむら

[現在地名]建部町和田南・鶴田たずた

標高三〇〇メートル前後の山地に広がり、西と南は旭川に面し、東は角石畝ついしうね村・角石谷ついしたに村・三明寺さんみようじ村、北は和田北村(現久米郡中央町)に接する。美作国久米北条くめほくじよう郡に属し、もと和田村のうち、延宝六年(一六七八)に北村・南村に分村したという(西作誌)。和田村は正保郷帳では高八八〇石余、うち田四一九石余・畑四六〇石余で、松芝山・芝山がある。改出高一五四石余、正保四年(一六四七)より元禄一〇年(一六九七)までの開高三三石余(美作国郡村高辻帳)。享保二年(一七一七)刊の「美作鬢鏡」では和田南村高五七九石余とあり、天保(一八三〇―四四)頃の美作国郷中高帳も同様。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

顔や四肢に特有の紅斑がみられる疾患で,伝染性紅斑の俗称。パルボウイルスの感染によって年長幼児,低学年児童に好発し,乳児や成人には少ない。1〜2週間の潜伏期ののち突然発疹が出る。発疹は両ほおに対称的に生...

リンゴ病の用語解説を読む