日本歴史地名大系 「和田河岸」の解説
和田河岸
くずわだがし
[現在地名]妻沼町葛和田
利根川右岸にあった河岸場。「風土記稿」によると、利根川の幅は二三六間で、寛永(一六二四―四四)頃から江戸運漕の河岸場があったという。なお、龍淵寺年代記(東京大学史料編纂所影写本)には元和三年(一六一七)の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
和田河岸利根川右岸にあった河岸場。「風土記稿」によると、利根川の幅は二三六間で、寛永(一六二四―四四)頃から江戸運漕の河岸場があったという。なお、龍淵寺年代記(東京大学史料編纂所影写本)には元和三年(一六一七)の
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