善光寺大門(読み)ぜんこうじだいもん

日本歴史地名大系 「善光寺大門」の解説

善光寺大門
ぜんこうじだいもん

[現在地名]岐阜市伊奈波通いなばどおり

米屋横こめやよこ町の東、現伊奈波神社の西方に位置し、現伊奈波山北洞いなばやまきたぼらと伊奈波山西洞の間の谷間を占める。天正一〇年(一五八二)織田信長が長野善光寺の阿弥陀如来分身を移し、当地に善光寺を建立したことに由来するとされる。同寺はのち頽廃し、その跡に小堂が建てられ如来堂と称された。なお信長によって勧請されたという時期よりさかのぼるが、永禄一二年(一五六九)京都の公家山科言継は善光寺如来に二度参詣しており、信長の整備以前に同寺は存在したものとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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