喜佐木村(読み)きさきむら

日本歴史地名大系 「喜佐木村」の解説

喜佐木村
きさきむら

[現在地名]白石町大字大渡おおわたり字喜佐木

杵島山北部の東麓に位置する。正保絵図に村名がみえる。

昭和二九年(一九五四)永池ながいけ溜池からの通水トンネルを掘削中に地下二メートルの地点から弥生式土器の壺が出土した。さらに水田地表から一・五メートルの泥炭層からは松丸太が出土した。弥生式土器が出土した泥炭層の下部は貝殻層で、この村の陸化は古墳時代であろうと推測され、松丸太が埋まっていた所は繋舟の岸壁であったと判断された。

この地域は平安時代は長島ながしま庄で蓮華王れんげおう院の院領、鎌倉時代は惣地頭橘薩摩氏の所領となり、室町時代には塚崎つかざき庄に加えられ塚崎後藤氏の領地となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む