喜多垣村(読み)きたがきむら

日本歴史地名大系 「喜多垣村」の解説

喜多垣村
きたがきむら

[現在地名]山東町喜多垣

与布土(ようど)川を挟んで溝黒(みぞくろ)村の西岸に位置する。古代からみえる押坂(おしさか)神社がある。地内の山崎家には明徳三年(一三九二)から応仁二年(一四六八)までの古文書六通が所蔵され、応仁の乱に際して京都・村雲合戦での活躍に対して山名宗全から恩賞を与えるという感状などが含まれる。正保(一六四四―四八)頃成立の国絵図に村名がみえ、高二三五石余。宝暦七年(一七五七)の但馬国高一紙では高二三五石余、天明八年(一七八八)の高村附邑名控では高三四〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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