喜連川頼氏(読み)きつれがわ よりうじ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「喜連川頼氏」の解説

喜連川頼氏 きつれがわ-よりうじ

1580-1630 織豊-江戸時代前期の大名
天正(てんしょう)8年生まれ。小弓御所足利頼純(よりずみ)の次男。兄国朝(くにとも)の死去にともない,豊臣秀吉の命により兄の室古河公方(こがくぼう)家の氏姫(うじひめ)を妻とし,文禄(ぶんろく)3年下野(しもつけ)(栃木県)喜連川藩主喜連川家2代となる。徳川家康から1000石を加増され,足利氏直系の名家として特殊な地位家格をあたえられた。寛永7年6月13日死去。51歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の喜連川頼氏の言及

【喜連川[町]】より

…古くは東山道すなわち奥州白河関へ抜ける街道にあたる。中世は土豪塩谷氏の居城があったが,1590年(天正18)豊臣秀吉が,古河公方足利氏を復活させて3500石を与え,徳川家康は喜連川(足利)頼氏を5000石に加増した。喜連川氏は10万石に相当する別格の待遇を受け,参勤交代や領民への諸課役を免ぜられた。…

※「喜連川頼氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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