日本歴史地名大系 「四ヶ船津」の解説 四ヶ船津しかふなつ 長崎県:島原市島原城下四ヶ船津[現在地名]島原市元船津町(もとふなつまち)・有馬船津町(ありまふなつまち)・浦田町(うらだまち)など船津と称された一帯で、元船津・有馬船津・白土船津(しらちふなつ)・浦田船津の四地区からなる。寛政四年(一七九二)の島原大変で消滅した船津町の南東に位置し、この災害後、浜辺に近い当地に船津諸町が移転したとされる。浦田は南有馬(みなみありま)村(現南有馬町)の浦田から海民が移住してきたとされ、城下新(しん)町別当の隈部杢左衛門の管轄下であったという。正徳元年(一七一一)有馬船津からの失火で三六〇余軒が焼失(深溝世紀)、天明三年(一七八三)の古(ふる)町筋の失火による火災では元船津・有馬船津・浦田船津の計九二四人に玄米一〇〇俵が支給された(島原の歴史藩制編)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by